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ソッガ ミヤマニシキ古典生?(大貫家-1)

 

二子新地に来ています。
昔は「二子新地前」という駅名でしたが、何時の間にか変わっています。

大山街道(厚木街道との呼ばれた)を溝の口方面に歩くと右に見えてくるのが
光明寺。大貫家の墓碑があります。
偶然にも、昭和58年発行の川崎市の地図を発見。大山街道を挟んで光明寺の
真向かいに大貫病院が掲載されています。
しかし、その病院を目にすることができません。
大きなマンションが建っています、ここがその地でしょうか。

「大貫家の真向かいに大和屋と筆太の看板をあげた土蔵のある酒屋があり、
 その隣に光明寺の山門が見える」(瀬戸内 晴美著 かの子繚乱)とあります。
小説が約40年前、地図が30年前の発行ですから、その後変化があったのでしょう。
この辺りには大貫家の土蔵が多く立ち並んでいたそうです。
しかし当時の面影はなく、抜け道に利用されているのでしょう、
遠慮のない車が速度を落とさず通り過ぎてゆきます。

その昔、道路に面して数多くの土蔵の白壁が立ち並んでいました。
大貫家の地所は南は横浜にもあり、東は多摩川を越えて桜新町のあたりまで
拡がっていた神奈川の大地主でした。
江戸時代は幕府の御用商人で寛文から続く旧家であり、
明治の時代には地主として地元の名士となっていました。

大貫寅吉は、豊かな育ちから我儘で贅沢三昧な生活を送っていました。
暇にまかせて薬や医者を回る病気道楽。
今日は病院、明日は芝居見物という暮らしだったそうです。

明治44年に高津銀行の重役として名義を貸しただけであったが、
破綻した際の取り付け騒ぎとなり、その莫大な財産ほぼすべてを没収
されてしまいました。

五男五女の子沢山で、次男の雪之助は生まれつき優秀であったそうで、
一高から帝大と秀才コースを進んでいます。
一中時代から谷崎潤一郎を知り、その友情は生涯続いたそうです。
谷崎潤一郎の作品の中にも、雪之助をモデルにした作品が残っています。

当時を思い起こしながら選んだ本日の銘酒は。
酵母は加えず蔵付の天然酵母で発酵。
こちらは米の旨味と酸味のバランスがドイツワインの様なタイプ。
口に含むと甘味を感じますが酸がしっかりとしてフルボディ。
            
志賀高原南山麓 小布施 ソッガ ミヤマニシキ2011 生? 純米吟醸原酒
長野県 小布施酒造㈱ アルコール分 14 精米歩合 59% 750m?
1,700円(税別)

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