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王禄 80%精米歩合(漱石の病気)

 

漱石を直接診察したのは、呉、尼子の両医師である。伝えられるところでは、
呉の下した診断は「追跡妄想」だったようだ。ではどうして「分裂病」とか、
「躁鬱病」といった診断を下さなかったのだろう。
ロンドンから帰国したのは、1903年の夏。
留学時代から関係・被害妄想があり、帰国してもそれが続き、子供を殴り続ける
などの乱暴もあったらしい、そのため、鏡子夫人と子供たちが実家に戻り、
夫婦はしばらく別居している。
スイスの精神医学者オイゲン・ブロイラーが、「分裂病」という診断を使い
始めたのが1911年で、日本で分裂病という診断名が定着したのは、1918年以降
だから、呉、尼子の両医師が「分裂病」という診断を下すことは時間的にも
不可能だった。

「夏目先生の脳は普通の人の平均より少し重かったのであります。夏目さんの
 脳はその重量に於いてはさほど著しく平均を超過してはおりませんが、回転は
 どうも非常によく発達している、殊に左右の前頭葉と顱頂部が発達している、
 右の側が複雑している」
「日本消化機病学会雑誌」第16巻2号、長与又郎氏「夏目漱石氏剖検」より。
ここでいう「回転」とは脳の曲がりくねった「ひだ」のことである。
「この回転が複雑していればいるほど、その脳が良いのであります」
とも語っています。
大正5年12月9日に死亡した漱石は、翌10日に東大医学部病理学教室で、
漱石が胃潰瘍で入院していた「長与胃腸病院」の院長長与称吉の弟、のちの
東大総長となった病理学者長与又郎氏の執刀にて解剖された。
 「漱石と脳、そしてストレス」より北里大学名誉教授 立川昭二氏

長与病院は明治44年の2月に入院していた証言があります。
明治44年の夏、–略– 私はその年の、たしか2月だったと思うのですが、
胃病で麹町区幸町の長与胃腸病院に入院して居られた先生に、その病院で
始めてお目にかかったのです。
それから間もなく、先生は御退院になった様に思います。
内田百閒氏が、百鬼園随筆「明石の漱石先生」の中で書いています。

フレッシュで、低精白なのに旨味を濃く感じます。
地元の生産農家グループ「山田の案山子」さんが栽培した山田錦。
メリハリがあり酸もキリッと。
背景 橋口五葉 「吾輩ハ猫デアル」

島根県 王禄酒造有限会社  王禄 80%精米歩合
25BY 仕込み第25号
原材料名:米(東出雲町産)米麹(東出雲町産米)
原 料 米:東出雲町産 山田錦100%
精米歩合:80%
アルコール分:17.5%
日本酒度:+6.8 酸度:2.6
仕込み水:自然湧水 通称:黄金井戸
720ml  1,600円(税別)

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