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両手握手

  

最近気になっていた事があります。
それは「両手握手」です。

なでしこが優勝報告で東京都知事と面会した際、当然石原さんは右手を差し出します。そしてなでしこは両手で包み込むように握手を返します。
スポーツ界ではアマレスの試合開始の礼儀として両手握手があるので、違和感がありません。
しかしアイドルの握手会では常識になってしまいました。
しかもこの悪しき習慣が素人までにも及んでいる現象が見られます。

う~んこれはイカン!何かおかしい?
早速ナンシー関さんに伺ってみましょう。

「何を隠そうこの、「両手握手」のそもそもは松田聖子から始まっているのである。
この悪しき伝統の始まりの瞬間を、私ははっきりと覚えている。
松田聖子がまだ新人と呼ばれていた頃の、確か「ザ・ベストテン」だったと思う。
そこで松田聖子は、自分が素人時代に郷ひろみに両手で握手してもらい感激したので、今の自分も握手は両手ですることにしている、という話をした。
ここからすべては始まったのだ。
極端に言えば、これ以後に出てきた女性アイドル歌手は、みんな両手で握手するようになったのである。」

そうだったのか池上さん!と思わず感心してしまいます。
しかしこれで終わっては単なるテレビ・コンビニ好きの女性版コラムニスト泉麻人で終わってしまいます。これからがナンシーさんの本領発揮です。

「アイドル歌手にとって、「握手」というのは、本来の意味あいとは少し異なる特別な要素を含んでいる。アイドル歌手の握手は、一種の商品なのだ。
とは言え、握手のみで金を取るアイドルはいない訳で、するとアイドルとフアンの間における「握手」には、アイドルからフアンへの「施し」という意味が派生する。
アイドルはいつでも握手を「してやる」のであり、フアンは「してもらう」のである。だから「両手握手」は、アイドル様のより一層のご厚意なわけで、本来の「右手と右手」を握り合うことによって和解や親愛を表す「握手」の「意味ある形式」を無視していたとしても、それはアイドルとフアンの間には何の問題も無い。しかし、フアン以外の人との握手もすべてこの「両手握手」をしてしまうのは間違いである。「両手握手」は、一見したところ両手を用いている側のほうに謙虚さを感じてしまう気もするが、「両手握手」というものが「施し」の精神から発生している事を忘れてはいけない。
やってる事の意味なんか考えちゃいないだろうが。
松田聖子の遺した、最大の罪のひとつであろう。」

なんともご立派な説。深く感銘いたします。
ナンシーさんのネタにされたタレントは、結果的には息の長いタレント生活を過ごしている方ばかりです。すぐ消えてしまいそうな小物は俎上に載せることもしません。
この発言は1992年1月で約20年前でした。
すでに他界されて9年。ご存命なら現在の松田聖子をどのように俎上に載せたでしょう。

ナンシー関(1962~2002)

本日は関さんを偲んで地元青森の「豊盃」純米吟醸・華想いを楽しみます。


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