>自動翻訳機能について

万城目学氏 直木賞受賞

  

6度目の候補で受賞したことに最初驚いた。

「こんなに有名な作家なのに受賞してなかったんだ」これが僕の発声した最初の言葉だ。そして、もう一言「彼女が生きていたら、きっと大喜びしただろうに」それだけ彼女は万城目氏の大ファンだった。

数年前、街中ではコロナの流行でマスクだワクチンだと一色に染まる中、彼女は静かに息を引きとった。僕より10歳ほど若い年齢ではあるが白血病の進行は思いのほか早かった。

「読んでごらんなさいよ。この本面白いから」何冊も本の貸し借りを続けながら二人の会話は本の話題ばかりだった。

居酒屋で待ち合わせても、先に到着した彼女は必ず文庫本を開いて眼鏡をかけて、目線は僕ではなく本の中に溶け込んでいた。そんな姿は美しく僕の心に染み込んでいった。

そんな関係でありながらも、一度も二人っきりで会ったことはない。理由は簡単、彼女は友人であって本仲間であるがための関係だからだ。

彼女の家には小さな本棚がある。「本は、これだけ」と聞くと「いつも手に取れる本だけここにあるの。感情の変化で読む本を変えるの」と意味不明な言葉を僕に投げかけた。

それまでの僕は感情の変化で読む本を変えることなど有り得ないと思っていた。一冊の本が読み終わるまで次の本には手を出さない。それが僕の読み方だった。

しかし、それからの僕は常時何冊の本を読み回しながら、朝はこの本、電車の中は別の本、そんな読み方が定着してしまった。いつでも本の中に入り込める習慣が出来てしまったようだ。

そんな彼女から借りた万城目氏の「とっぴんぱらりの風太郎」伊賀の忍びの生活から大阪の陣へ向かう描写が実に巧みに書かれている。長編でありながらも決して読み飽きない本でもある。

そんな作品を胸に抱きながら僕に手渡すときの彼女の笑顔は実に自然で優雅な所作に見えた。

しかし、その所作も笑顔も奪い取る病魔との戦いは長きに渡った。髪は抜け、嘔吐に苦しむ中、一時は回復したと思ったがそんなに生易しいものではなかったのだろう。

「亡くなりました」と聞いた時は腰から力が抜ける気持ちだった。

今でも部屋の片隅に彼女の笑顔溢れる写真が飾ってある。「嬉しい。万城目さんが直木賞だって」そんな言葉が微かに聞こえて来そうな気がする。


この記事へのコメントはこちら

メールアドレスは公開されませんのでご安心ください。
また、* が付いている欄は必須項目となりますので、必ずご記入をお願いします。

内容に問題なければ、下記の「コメント送信」ボタンを押してください。

日本語が含まれない投稿は無視されますのでご注意ください。(スパム対策)