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2月20日

  

その時の僕は神田の古本屋街の一店舗で釘付けとなっていた。見上げる書籍の棚に、全集が一括りの紐にしばられて僕を見つめている。僕は逆にその金額を見つめている。

どうしても欲しい本がやっと見つかったのである。「小林多喜二全集」その本を読んでみたい。その願いは図書館でも実現できなかった。40数年前の出来事である。

貧乏学生は、金が無いことにかけては誰にも負けないと自負していた。別に自慢したくないが、アパート住まいの僕は、バイトで稼ぐのと麻雀で飯代をかっさらう以外に収入源が全くなかった。

一日一食の食生活。バイト先に行けば食うだけを考えれば何とかなった。しかし、アパートの祖師ヶ谷大蔵からバイト先の赤坂見附までの電車賃は、必ず確保しなければ命すら維持できないという危機感を抱いていた。と言うのもバイト先の食堂に行けば食うことだけは保障されていたのである。

であるから、本を買ってすっからかんになっても、電車賃だけは残さなけば、そんな必死の形相が店の奥で僕を見ている奥さんの目に留まったのは当然と言えば当然である。

「学生さん。その本、棚から降ろそうか」僕を見かねて声を掛けてくれたのは嬉しいのだが、手に取れば欲しくなるのは明らかである。

「いえ~、お金が足りないので…。」正直に奥さんに、本を買うだけの金を持ち合わせていないこと。少し安くしてもらえないかと金額の交渉までしてみた。

「でも今、主人が床屋に行っていて、金額の相談ができないのよ」そうですか、と諦めかけていた時、奥さんは床屋にまで電話をしてご主人に事情を説明してくれた。

すっとんで帰って来てくれたご主人に、僕は新たな提案をした。「この全集の3冊は僕が読んだ本なんで、残りの分だけ買いますので安く売ってもらえませんか」流石に呆れ顔で「全集をバラで売る奴はいないよ」と当たり前の答えを投げかけてきた。

しかし、「なら、学生。俺がその3冊分、買い取ってやる。持っている金を見せろ」と値を下げて売ってくれたのだ。

嬉しかった。涙が出るほど嬉しかった。さらに驚きは続いた。袋に詰められた全集の中に、買い取ってもらった3冊もしっかり入っているのだ。

「あの~、ご主人。買ってもらった本も入っていますが」「いいんだよ、いいから持って帰れ」そして名刺を僕に手渡しながら、「何かあったら訪ねて来るんだぞ」と…。

何度も何度も頭を下げて、買った古本を胸に抱きしめながら優しい奥さんの笑顔とご主人の「仕方ねえな~」と唸る顔に流れる涙を噛み締めながら店に頭を下げた。

1933年2月20日、 小林多喜二、築地警察署の特高警察に捕らえられ、3時間以上の拷問の末、同日19時45分に死亡した。プロレタリア作家として29歳の若さで殺された日が明日である。

90年の月日がたっても、僕はこの日を忘れない。一人の作家の業績と、古本屋のご主人への恩は、一生忘れる事がない。2月20日は僕にとって、生きる指針でもある。


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