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山形正宗 純米生?造り(明治の人物-1)

 

「西南戦争にて西郷隆盛氏が自決した、1877年9月24日から25日にかけて、
鹿児島市照国神社の儀仗用太刀を鶴嶺神社に移しており、政府軍兵士が、この太刀
を含む刀剣や鎧など数十点を奪いました」
戦闘中の略奪行為は、指揮官の許しがあったと思われますが、当時の政府軍が秩序を欠いた集団であったと推察されます。
今年の4月にそれらが134年ぶりに発見されました。
そこで、今回は西南戦争と西郷氏にまつわるエピソード。

明治天皇が幼かりし時、西郷氏と乗馬に出かけ落馬。
その時「痛い」と思わず叫ぶと、西郷氏は助け起こさず、馬上から「痛いなどと云う言葉は、どのような時にも男子が口にしてはなりません」と一喝。
以降、明治天皇は何があっても「痛い」と言わなかったそうです。

西南の役で、京都に滞在中だった明治天皇。
政務を放置して御所の奥にこもってしまい、西郷氏が逆賊とされ城山で自害した後は、酒を呑んでは西郷氏の話を繰り返されたそうです。
(明治天皇に愛された西郷氏のエピソードから。)

城山の決戦。(明治10年)
9月24日午前4時、3発の号砲とともに政府軍が一斉に城山に駆け登りました。
銃弾が西郷の脇腹と股に当たり倒れてしまう。
別府晋介に「晋どん、もうここでよかろう」と言い、正座して東を遙拝。
「ごめんなったもんし」という声とともに西郷の首は落ちたそうです。
終息は午前9時だったと残っています。

上野の西郷像。
原型 高村光雲、鋳造 岡崎雪声。
明治22年、大日本帝国憲法の発布にともない、維新の功労者として特赦され、最初は皇居内に予定されたが反対意見が出て上野になりました。
さらに長州閥が帝国陸軍の正装は許さないと言いだし、高村光雲が苦労して現在の像を作りました。

この流れから山口県のお酒は紹介できませんので今回は東北地方のお酒です。
それも歴史あるお酒でなくてはなりません。

西南戦争から20年後の1898年(明治31年)創業。
約500石と小さいながら若い五代目が頑張っています。
新鮮さが溢れる美味しさです。

山形県水戸部酒造「山形正宗」純米生造り 岡山県産赤磐雄町 100%使用 
精米歩合65%  アルコール分16度  直汲生酒 1.8リットル 3,000円(税別)


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