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白いパラソル

  

広島の夏は暑かった。

早朝、広島平和公園の路上に立つと灼熱の光を浴びて帰らぬ人となった多くの人々の魂の叫びが聞こえてくるような感情になる。

熱い道路に手を置いてみた。屈みながら熱さを身に感じながら、指先から込み上げて来る血脈を通じて戦禍の映像をこの脳裏に焼き付けている。

目線を上げると一人の高齢の女性が目に入った。白地の着物にレースのついたパラソルを小さな体を包み込むように差し掛けている。

「屈んでどうしたの」その声は年齢の割には澄んだ美しい声だった。

「何だかこうしていると8月6日に亡くなった人達の思いが伝わるような気がして」

微かに微笑んだ彼女は「そうね、あの時も暑い日だったからね」まるで、生き証人のような言葉を投げかけてきたが、どう考えてもその時の人とは思えない。

僕はゆっくりと立ち上がった。原爆ドームが見える先には朝が早いせいか人の姿は、まだまばらであった。

「広島の集会に来られたの」

「はい」その言葉に満足したのか、女性は僕に背を向けながら白いパラソルを肩にかけて僕に言葉を投げかけた。

「そうね。若い人がこの広島と長崎を忘れずにいてくれれば嬉しいわ」

若いと言われたその言葉に僕は少しの戸惑いを覚えていた。30歳を過ぎて初めて原水爆禁止世界大会に参加したことが多少の後ろめたさになっていた。

「なぜ、この年まで来なかったのか」広島・長崎に原爆が投下され、約21万人もの尊い命が奪われたこの街。その時の痛みや悲しみは今でも続いている。なぜ、今までこの地でその思いを少しでも感じ取ろうとしなかったのだろうか。

彼女は僕の思いの裏側を読み透かすように言葉を投げかけた。

「見るべきものに目を背けちゃ駄目。真っ直ぐ見据えながら歩んでくださいね」。

そんな言葉を僕に投げかけながら彼女は去って行った。

僕が声を掛けようとした、その言い訳がましい言葉を遮るようにクルリと白いパラソルを回転させて陽炎のように消え去っていった。

もう、何十年もなる暑い夏の早朝であった。


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