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一白水成 純米吟醸 雄町( 明治の人物 ((大倉喜八郎-2)

 

大倉氏の悪いウワサに関しては、上野戦争の時、彰義隊には鉄砲を売らず、官軍には売っていたという話しが色々伝わり悪い印象が残ったのだと考えます。
当時外国からは現金仕入れでした。
彰義隊は金を払ってくれなかったので、仕入れが出来ず断っていました。
しかし官軍はちゃんと現金で支払ってくれたので、売る事が出来たという単純な事でした。
石ころ缶詰事件も、大倉氏は輸送を任されただけで、缶詰製造には一切関与しておりませんでした。
缶詰の製造をした辺見山陽堂は、すぐ調査して缶詰の中ではなく荷の中に重量バランスを取るため、石を詰められた、荷抜きの窃盗であったと発表しましたが、当然、新聞社は都合の悪い事実は掲載しないのが、今も昔も変わらぬ世の常です。

後年、大倉氏はこの事件に触れ「そもそも、缶詰に石ころを詰める作業とはどうやったら出来るんでしょう、考えれば誰でも分かることでしょう」と一笑しております。

現在も、有識者というと必ず現れる、○○大学教授。
過去の公害調査でも、現地に赴かず問題なしの論文報告をしたのも○○大教授。
マスコミ関係や有識者ほど信用できない輩は、今昔変わらぬようです。

ここでちょっと缶詰についてミニ情報。
日本で初めての缶詰は明治4年(1871年)に長崎で試作されたイワシの油漬けでした。
西南戦争では、官軍が国産の魚肉缶詰を食料に用いました。
その後の日清・日露戦争で生産量が飛躍的に伸びてゆきました。

昭和3年(1928年)4月22日92歳で逝去。
日中の国交が不安定であったの時代でも葬儀の際は、中国の要人から多くの弔旗が届きました。
馮玉祥、張作霖、蒋介石、張学良らと、その数は91本でした。

そして、本日の一本。
秋田県 福禄寿酒造  一白水成 純米吟醸 雄町
アルコール分16度 精米歩50% 720m? 1,547円(税別)


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