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愛と情熱の日本酒「三同 敦子著」

 

170307

魂をゆさぶる造り酒屋たち、と副題が続く一冊の本。この本を読みながら涙を流し、酒の素晴らしさを感じ、そして愛おしみながら読み進めたその文章を紹介したい。

王禄の専務石原 丈径(たけみち)氏を第4話で語る。作者は石原氏の印象を「写真で見た丈径さんは、髭、をたくわえた筋肉モリモリの大男で、眼光鋭く寄らば斬る!といわんばかりの凄味があった。」と表現した。そんな彼を奥様は「お酒を造っている間は、完全に行っちゃってる人の目、してますからね~」と笑う。

お子さんは丈径さんの髭が生えはじめると、決して寄り付かなくなるそうだ。酒造りが始まると髭がボウボウ、目つきも殺気立って、すっかり様変わりしてしまう。普段は優しい父親が子どももおびえるほどになってしまう。それほどの決心が酒造りなのかもしれない。勿論その当時の話で、今では変わったようだがそこまで打ち込む酒造りの心が「王禄」を生み出しているのだろう。

そんな家族が大切にしている酒販店からの手紙がある。「(中略)…。人を優しくする酒を造る者は、自分に厳しくなければならない。どこまでも厳しくしないと…。初めてお会いしたときに、丈径さんの言った言葉を忘れることができません。どうかご無事で…。そのことだけを祈っております。私には祈ることしかできません…。」この手紙を読みながら涙を流したと書かれている。

それほどの思いで一献の「王禄」に打ち込むその姿勢を感じれば、いい加減な気持ちで酒を口にすることは出来ないと心から思うのである。三同 敦子氏は第4話を次のように締めている。

「古来、酒は神と人を繋ぐ役割があったという。酒は神に捧げるために醸され、人は神のおこぼれを頂戴することで、心が高みに昇り、神に近づけると考えたのだ。王禄を飲むと、何かを語りかけられている気がして、高揚感に包まれる。それは丈径さん魂の叫びなのだろうか。飲んだあと、感じる充足感―。それは、彼の内なる神に近づけた証なのかもしれない。」

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