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きき酒師 日本酒の世界を極める(月の明かり)

「発酵道」寺田本家当主 寺田啓佐著

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「微生物は謙虚な姿勢でありながら、自分らしく、楽しく、仲良く生きているように見える。そこは大きな共生の世界、仲よしの世界、感謝と報恩の世界だ」

一冊の書物の、文中の言葉を引用させてもらいました。

その書物は、千葉県香取郡「自然酒蔵元・寺田本家」23代目当主の寺田啓佐氏が書いた「発酵道」の一文です。

300年に及ぶ老舗の造り酒屋「寺田本家」に25歳で婿入りしたのが、寺田啓佐氏。

当然酒造りなどまったく分からない。まして酒は下戸。それでも23代目を肩にしょい、走り出したのはいいのだが、婿入り翌年から「日本酒場離れ」が到来します。

売上が落ち、利益は下がり、行き着く先は体を壊して入院、手術とお決まりコースでした。

病気の原因は「腸が腐って」いたそうです。

しかし、人とは不思議なものです。腸が腐ることから、「発酵すると腐らない」と考えが及ぶのです。

ここが、凡人と偉業をなす人の違いかもしれません。それからは、「発酵」と「腐敗」を追い続けます。寺田本家再生の一歩が始まるのです。

そして「本物の酒を造ろう」と心に決めるのです。米を見ても農薬と化学肥料を使った米は、月日が経つと黒いタール状になてしまいます。

でも、無農薬の米は、何ら形も変わっていません。本当の米なら1000年経ったって米から芽が出るといいます。

米だけでなく、麹菌も酵母も「生きている」のです。その酒蔵の微生物が人間の生き方をも教えてくれるのです。

酒は、狂い水です。でも、その活用と適量を使い分けられれば、なんて素晴らしい飲み物となるのでしょうか。

発酵道から学ぶことは、私自身の生き方にも影響します。

機会があれば、「発酵道」購読をお薦めします。

北海道の旅。〆は「千歳鶴」。

走ること800キロ。

千歳空港に降り立つと同時にレンタカーの車はひたすら走ります。その日のうちに帯広までの道のり。

ナビの調子は快調なれど、高速に乗る道を避けるようナビは動きます。無理やり高速道路に突入、何と言っても、高速料金無料で突っ走れるから嬉しい。

高速から眺める広がりは、やはり北海道ならではの広大さ。「はてしない大空と、広い大地の…。」と歌った松山千春の思いが、胸にささります。

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初日は帯広の駅近く「魚千」で、おばちゃん料理に舌鼓を打つことになります。店の正面に「私・時価」と書かれた料理メニューを注文しそこなったのが心残りです。

二日目は旭川まで走って、そして3日目。札幌すすきので宿を取ります。夜は、蟹料理そしてホッケの刺身と、現地でなければ楽しめません。

二次会は、ちょいと若いお姉さんが一人で営業しているスナックへ。「ねえ、この店暑くない」「そうなのクーラー壊れてるの」…。その夜、北海道は最大の熱中夜でした。



そして4日目。札幌と言えば、「千歳鶴」です。

朝、10時の千歳鶴ミュージアムに飛び込んで、その味わいを楽しむ…。と書きたいところですが、当日向かった足は、車。



残念、無念…。しかし、北海道でしか購入出来ない、特別純米酒と純米原酒の生を購入。

味わいの楽しみは東京でと先延ばしして、千歳空港へと走りました。

何と、3泊4日で走行距離は800キロ。走りに走った夏休みでありました。

蔵元と諏訪の旅・長野県諏訪市「宮坂醸造」

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酒蔵の旅も、最後の書き込みになる。その4番目の蔵として諏訪湖の外周「宮坂醸造」で締めとしたい。

舞姫、千代錦、武重本家と書き続けたが、どの蔵も歴史の重さと嬉しさに感動を覚えた。

それにも増して、酒の味わいのよさに「長野に来て良かった」とつくづく感じたのだ。

その最終を締めるのが、宮坂醸造株式会社「真澄」である。

その酒蔵から新種の優良清酒酵母「協会7号」が発見されたことは、蔵が、時代環境に流されず品質至上主義を貫いたことが、その証となっている。

蔵の入り口には、観光のお客がひっきりなしに出入りしている。それだけ、有名な酒蔵を裏付けしている。

300円の試飲お猪口を手にとって、何種類かの試飲を試みたが、今年の真澄あらばしりを舌で転がすには少々時期が早かった。



綺麗にならんだ冷蔵庫には何本もの銘酒が並んでいた。

感ずることは、舞姫や武家本家のように「酒蔵」とした重々しい雰囲気とは違って、製造量の多さと知名度の高さが、蔵のイメージを輝かせている。



そんな蔵の片隅にたたずむと、庭先から協会7号誕生の石碑が遠くに見えていた。

「蔵の最大の誇りと喜びなのだろう」と、「真澄」の味の良さが改めて分かる気がして来た。

酒と歴史の旅・長野県佐久市「武重本家酒造」

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中仙道の街道沿いには、昔の面持ちのまま伝統を守り、時代に合わせた味を追求した一流の酒蔵が、そこにはあった。



蔵の入り口は旧家のたたずまい。その雰囲気からすれば大地主の敷地の中に、足を踏み込むようだ。

その名は「武重本家酒造」。宿場の地酒として御園竹、牧水を造り続けてきた。

酒蔵見学は年に一度。出来たて新酒の試飲は年明け3月21日。それまで「おあずけ」である。



その蔵の事務所の壁面には、この間取得した日本酒鑑評会の賞状が並び続けている。

「すごいですね」と語ると、熟年の親父さんが「近年のはここですよ」と嬉しさ満面の笑顔で事務所に飾られた賞状を見せてくれた。

その歴史は、江戸時代にまでさかのぼる。武士が酌み交わす酒の味わいも、この蔵から出荷されたのだろう。庶民の口には、どんな味の日本酒が届けられたのだろうか。



その歴史の証明は、蔵の一画に展示されている江戸時代の酒造道具が時を刻んでいた。

杜氏の号令とともに、蔵人たちが仕込みに汗を流したのだろう。その経験と酒造りの伝統は、日本人だからこそ受け継ぐことができる緻密で繊細な芸術品だと感銘を受ける。

蔵の方とは、数少なくしか話すことが出来なかった蔵の訪問だったが、得たものは大きかった。

別れ際「新酒はまだですか?」と尋ねると「12月始めでしょうね」と満面の笑顔で答えてくれた。

酒蔵の旅・長野県佐久市「千曲錦酒造」

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緑の杉玉が、今年の新酒の出来映えを意思表示しているかのように、大きく正面に飾られていた。

工場見学の申込もせずに、ぶらり旅と洒落込んで蔵元に顔を出して見たものの、流石に「予約なしでは…。」と断わられる始末。

これは、当然であって決して腹など立ててはいない。無礼なのはこちらであって、新酒搾りの忙しい時期に見学させろと言う方が失礼なものだ。

そこで、試飲場所でお酒の説明を受けることにした。

「最初にビデオを見てください」と酒造りの映像を大型テレビに映してくれたのは、若きお姉さま。

しかし、テレビのスイッチと同時に並べられる試飲の四号瓶。目に入るのはテレビの画像ではなく、並ぶ酒瓶に目が向かうのは、本能というもの。



2本・3本・4本…。まだ、まだ並ぶ。

芳醇なる純米酒「帰山」だけでも壱番、弐番と並んで番外の壱回火入れまで来れば7本は並ぶ、それ以外にも本家本元「千曲錦」。「吉田屋治助」まで並べば何本並んだのだろうか。

さすが、太腹の千曲錦さんだ。

小さなお猪口も回数飲めば、同じ事。しかも、朝の10時を回った時間、身体のアルコール濃度は春爛漫、体温調節ぽかぽか気分。頭の中はパカパカ状態。

いい気持ちになって、注ぎ続けること限りなく。それでも、僕の舌は健在だった「帰山の壱番・純米大吟醸・袋しぼり」は、絶品だった。

帰山ブランドの最高峰と銘打った言葉は、決してまやかしではない。実にいい出来だ。



香りに、酔わされ。味に魅了された「千曲錦酒造」。

「あっぱれ」な蔵であった。

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