May 2011
吉田酒造さんに感動。そして皆さんにお願い。

今日は嬉しいお知らせと、悲しい出来事のチャンポンです。
嬉しいお知らせは、先日「手取川の吉田酒造」について書かせてもらいました。
そうしたら、どうでしょ。吉田酒造の社長さんから直接コメントをいただきました。
5月6日付書き込みの、おっちゃん大好き「吉田酒造」のコメントをご覧頂けば…。
しかもコメント名が「石川のオッチャン」ですから、粋じゃありませんか。肩肘張らないで話が出来る。そのお人柄がいいな、本当に素敵ですね。
その手取川の大吟醸は旨かったな。香りと、旨味が見事に調和して、魚料理には絶品でした。
この旨さは、飲まなきゃ分からない。飲むしかないっしょ。
と書きながらも、悲しい出来事を平行してお伝えしなければならないのです。
実は、震災地域以外で生産されるお酒がまったく動かなくなっているらしいのです。
対前年比70%~80%の数字しか動いていないとの情報が入りました。震災直後からの自粛ムードで、日本酒消費は約20%落ち込んだというのです。
確かに、あたし自身も東北支援という思いで、他地域のお酒は、あまり飲んでいませんでした。
震災地区のお酒だけは上昇し持ち直したのですが、その影響が震災地区以外の酒蔵に向かったようなのです。これは、蔵元さんにとっては、死活問題になります。
是非、お願いです。
勿論、震災地域も大変です。ただ、他の蔵元さんの素晴らしいお酒にも気持ちを向けていただければと思います。
その一口が、その一杯の思いが蔵元を支え、この日本の芸術作品「日本酒」を支えるのです。
おっちゃん大好き「吉田酒造」
蛙の声が唱和する田園風景の一角に、その酒蔵は静かに熟成の月日を重ねていた。
石川県白山市「吉田酒造」である。
明治、大正と豊かな水と米に囲まれ、頑なに手造りの酒を守り続けているその蔵は、優しく客を迎え入れてくれた。
5月の連休、蔵にとっては冬の搾りが終わって、一段落した所。突然の観光客を受け入れてくれるのか不安ではあったが、そこは心意気の問題。「事務所」と書かれた矢印に向かった。
秋から、冬を越した「酒林」は、茶色く色を染めていた。入り口に横三文字の暖簾が風にそよいでいる。その文字「手取川」。
入り口では、ひんやりと冷蔵庫の明かりが視野を確保してくれた。その奥からは仕込み水が流れ落ちる音。
数名の人たちが奥を横ぎった。その中から「どうも、どうも」と穏和な笑顔で迎えてくれたおっちゃんに、「利き酒いいですか」と声を掛けてみる。
「いいですよ」と気さくな対応だ。
「休みの日でも、結構お客が来るんですね」と言ってはみたが「いやいや、親戚の者ですから気にせずに」と、何とも初めての会話とは思えない暖かい言葉の投げ合いだ。
冷蔵庫から、好きなのをどうぞ、と全部飲んでいいと言う。しかも、好きなだけ注いでくれと言わんばかりだ。
取り出し並べた4合瓶が8本。さらには古酒も加えて10本は並んだだろうか。
グラスのお猪口に、次から次ぎへと酒が試されていく。遠慮どころか、容赦がない。
純米吟醸から大吟醸へ、さらには、あらばしりの生酒へと会話の流れと同時の酒は運ばれていく。
「吟醸香」の強いものは後に回しながらも一つ一つ堪能しているのだが、それは酒飲みの卑しいところ。並ぶ酒瓶に加えて次の酒と冷蔵庫から目が離せない。
ああ、何だか米の旨みが、蔵で熟成を続けたその産声を、お猪口の壁面に香りを添えて、呼びかけてくるようだ。その返事の言葉は「旨い」の一言につきた。
「旨味」だけではない、人の手の温もりが味に優美な光を伝えていているのであった。
静かに流れる仕込み水は、「和らぎ水」として喉越しを洗い清めながら杯を重ねていく。だから、酒蔵は好きなのだ。
まだまだ蔵での時間は、名残惜しかった。空港の時間が、背から糸を引く。
時間は大丈夫かと気に掛けてくれたおっちゃんに礼をいいたい。しかも、その温厚な話の流れと人柄が大好きになった。
飛行機の中で、蔵の思い出を夢枕に、そして羽田空港は、短い旅を終わりにさせてしまった。
そして、本日。
吉田酒造のホームページ「社員紹介」で、昨日のおっちゃんとの再会に期待を込めた。そこで、驚くべき笑顔再会であった。そのおっちゃんは、社長の吉田 隆一氏ではないか。
「どっ、ひゃあ~」吉田社長殿、利き酒と言いながらグビグビ飲んで「ごめんなさい」。
それに、ほとんどタメ口で「ごめんなさい!」


